猫城

「猫城」(福岡県中間市上底井野)
宗像氏の出城
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高さ約20メートルの岩の台地上にあります。現在は、月瀬八幡宮の社地となっています。
本丸、二の丸の二段になっていて、本丸跡は月瀬八幡の本殿が建っています。
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二の丸跡は、南に1メートル下がったところにあり、上の写真のように「猫城」と彫られた巨大な石碑が置かれています。

北から東には水濠跡があり、西側には小川が流れ、且つ周囲は沼田となっていて、高さは低いけども要害の地だったようです。

この城は、代々麻生氏の出城でしたが、天正6年(1578)近くを流れる遠賀川を境にして、東側を麻生氏、西側を宗像氏とされ、西側に位置する猫城は以後宗像氏の出城となり、宗像氏の家臣吉田倫行という武将が雑兵150余名で守備に就いていました。

天正年間、宗像氏の滅亡とともにこの猫城は廃城とされました。

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(現在はこのように「月瀬八幡宮」となっています)