松山城

「松山城」(福岡県京都郡苅田町松山)
北九州最古の山城

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JR日豊本線苅田駅の北東約2kmにある標高128mの山城です。
国道10号線から、今年(2006年)3月16日に開港した「新北九州空港」に行く最後の直線道路の右手に見える小山です。

かつては周防灘に臨み、急斜面に囲まれた難攻の山城でしたが、現在では、周囲を埋め立てられてその面影はありません。さらに、東側・北側は砕石のために削られて、醜い姿となってしまっています。

この城は、天平12年(740)、太宰権師藤原広嗣の築城に始まります。

室町期には、九州進出を窺う中国の大内氏、後に毛利氏と北九州の覇者大友氏との争乱の場となりました。

慶長5年(1600)、関が原の功により豊前国は細川氏の領地となり、同11年(1606)、長い歴史を誇った松山城も廃城となってしまいます。