蔦岳城(赤間山城)

「蔦岳城」(福岡県宗像市陸厳寺)
宗像大宮司家の本城

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福岡教育大学が裾野に広がる蔦岳(通称城山、標高369M)の山頂に城跡があります。

この城の歴史は古く、宗像氏6代妙忠の時に築城されましたが、一時廃城されていました。

南北朝に入り、54代氏俊が応安3年(1370)修築し入城しています。
その後、79代氏貞が、この城が要害の地であることに注目し、大規模に築城。本城を白山城から移しました。時に、永禄4年(1561)のことです。

この氏貞の頃は、毛利氏と大友氏の2大勢力が北九州の勢力争いをしていましたが、宗像氏は毛利氏に味方し、大友の軍勢をこの城で迎え撃ち熾烈な戦いを演じ、和睦に持ち込みました。

その氏貞も、天正14年4月2日に病死。79代続いた名門宗像氏も、氏貞を最後に断絶してしまいました。